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東京地方裁判所 平成10年(ワ)10852号・平10年(ワ)28546号 判決

平成一〇年(ワ)第一〇八五二号 損害賠償請求事件(甲事件)

平成一〇年(ワ)第二八五四六号 損害賠償請求事件(乙事件)

甲事件原告 府中道子

(以下「原告道子」という。)

甲事件原告 府中春橘

(以下「原告春橘」という。)

右両名訴訟代理人弁護士 松岡浩

同 梶谷与平

甲事件被告兼乙事件原告 佐藤亨

(以下「被告佐藤」という。)

右訴訟代理人弁護士 矢野千秋

同 島津秀行

同 千葉博

乙事件被告 高橋淳

(以下「被告高橋」という。)

右訴訟代理人弁護士 小林行雄

同 上妻英一郎

主文

一  被告佐藤は、原告道子及び原告春橘に対し、各金四五〇四万二九六二円及び内金四三五四万二九六二円に対する平成七年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告佐藤の乙事件請求を棄却する。

三  訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じ、被告佐藤の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

1  主文第一項と同旨。

2  訴訟費用は被告佐藤の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  乙事件

1  被告高橋は、被告佐藤に対し、金七四二二万〇五一三円及びこれに対する平成七年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告高橋の負担とする。

3  右1につき仮執行宣言。

第二事案の概要

一  甲事件は、原告道子及び原告春橘が、飛行機事故で死亡した府中憲幸(以下「憲幸」という。)の相続人であるとして、同一飛行機事故で受傷した被告佐藤に対し、同被告にその飛行機の燃料の搭載量の確認を怠った過失があるなどと主張して、不法行為による損害賠償を請求している事案である。

乙事件は、被告佐藤が、出発前に右飛行機の燃料を補給した被告高橋に対し、同被告に燃料の搭載量の確認を怠った過失があるなどと主張して、不法行為による損害賠償を請求している事案である。

二  争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は当事者間に争いがない。)

1  憲幸と被告佐藤は、平成七年一〇月九日午後二時二八分ころ、同被告の所有するピッツ式S-二B型JA四二二二(以下「本件飛行機」という。)に、憲幸が前席に被告佐藤が後席にそれぞれ搭乗し、北海道中川郡豊頃町にある豊頃場外離着陸場(以下「豊頃離着陸場」という。)を離陸して、飛行していた(以下、「本件飛行」という。)ところ、搭載燃料の枯渇によりエンジンが停止し、同日午後二時四二分ころ、同町背負番地の十勝川右岸河川敷に墜落した(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故により、本件飛行機は大破するとともに、憲幸は同日死亡し、被告佐藤は傷害を負った。

3  原告道子は憲幸の妻であり、原告春橘は憲幸の長女である(甲一)。

三  甲事件の争点及びこれに関する当事者の主張

1  被告佐藤の過失の有無(争点1)

【原告道子及び原告春橘の主張】

本件飛行における本件飛行機の機長は被告佐藤である。これは、本件飛行機の主要な装置及び主たる計器が被告佐藤が搭乗した後席に配置されていること、本件飛行機の飛行規程では後席に搭乗した者が機長とされていたこと、本件飛行機は尾輪式の曲技用の航空機であって、一般の飛行機とは異なる構造であり、その操縦には相当の習熟を要するところ、被告佐藤は、本件飛行機の所有者であり、同機により本件事故以前の三〇日間に一五時間の飛行を経験していたのに対し、憲幸は、曲技用の航空機を操縦したことも、尾輪式の航空機を操縦したこともなかったこと、被告佐藤は、本件事故以前に、航空法七九条但書により、機長として豊頃場外離着陸場離着陸許可申請をしていることから明らかである。したがって、機長には、航空法施行規則一六四条の一六第一項五号により、出発前に燃料の搭載量を確認すべき義務があるから、被告佐藤には、離陸前に本件飛行機の燃料の搭載量を確認すべき注意義務があるとともに、離陸直後に本件飛行機を水平状態にして燃料の搭載量を確認すべき注意義務があるところ、これらを怠った過失がある。

【被告佐藤の主張】

本件飛行における本件飛行機の機長は憲幸である。これは、機長は、まず航空機の使用者によって指名されるが、指名がない場合は、当該運航に有効な操縦技能証明を有するもので、上級の技能証明保持者が機長となり(乙一)、最終的には、飛行計画書の機長名の欄に記載された者が機長となるところ、本件では、飛行計画書が作成されていないし、本件飛行機の使用者である被告佐藤は機長の指名をしていないが、憲幸は、被告佐藤よりも上級の技能証明を保持しており、しかも、総飛行時間も被告佐藤より長かったことから明らかである。したがって、被告佐藤には、本件飛行機の燃料の搭載量を確認すべき義務はなく、そもそも被告佐藤が離陸前に燃料の搭載量を確認することは不可能であったし、本件飛行機は、離陸後早々に墜落し、水平飛行の時間はほとんどなかったから、離陸後に燃料の確認をすることもできなかった。また、被告佐藤が本件飛行機に搭乗する際、既に憲幸は本件飛行機で飛行しようとして被告高橋とともに離陸の準備を整えて搭乗しており、本件飛行機への給油とエンジンのランナップを済ませていたこと、その上で、被告高橋は被告佐藤に対して、燃料は満タンに入れてある旨告げたこと、被告高橋は著名な航空教官であるだけでなく本件飛行機に精通しており、被告佐藤がその言を信じたことなどの本件飛行に至る経緯からすると、被告佐藤には過失はない。さらに、本件飛行機が墜落したのは、燃料切れによりエンジンが停止した後、被告佐藤が不時着に向けて準備を終えた途端、憲幸が操縦桿を引いて急な機首上げを行い失速させたことによるものであり、本件飛行機が墜落した直接の原因はこのような憲幸の操縦ミスにあるのであるから、被告佐藤に過失はない。

2  憲幸の損害(争点2)

【原告道子及び原告春橘の主張】

本件事故により、憲幸は次のとおり合計九〇〇八万五九二四円の損害を被り、右損害賠償請求権は、原告道子及び原告春橘が各二分の一の割合で相続した。

(一) 逸失利益 五九八八万五九二四円

(二) 死亡慰謝料 二六〇〇万円

(三) 葬儀費用 一二〇万円

(四) 弁護士費用 三〇〇万円

【被告佐藤の主張】

争う。

3  減額事由の有無(争点3)

【被告佐藤の主張】

被告佐藤に過失があるとしても、次の各事由があるから、損害賠償額は大幅に減額されるべきである。

(一) 本件飛行機が墜落したのは、エンジン停止後、憲幸が操縦桿を引いて急な機首上げを行い失速させたことによるものである。

(二) 憲幸は、被告高橋が被告佐藤に燃料が満タンに入れてある旨告げるのを聞いていたかあるいは自ら燃料の搭載に立ち会ったはずであるから、燃料搭載量の確認義務の懈怠は憲幸にもある。

(三) 被告佐藤は、本件飛行の直前に他の飛行機で知床半島方面の三時間以上の飛行を終え、休もうとした(憲幸も右の事情は熟知していた。)ところ、依頼されて、飛行機仲間で搭乗を熱烈に希望した憲幸を好意で本件飛行機に搭乗させたものである。

【原告道子及び原告春橘の主張】

争う。

四  乙事件の争点及びこれに関する当事者の主張

1  被告高橋の過失の有無(争点4)

【被告佐藤の主張】

本件事故は、被告高橋が、本件飛行機の出発準備をするに当たり、十分な燃料が搭載されているかを確認すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と被告佐藤に対し、「燃料は満タンに入れてあるから。」等と申し向け、その結果本件飛行機が搭載燃料の枯渇により墜落したことによるものであり、被告高橋には右確認義務を怠った過失がある。仮に、「少し燃料を補給してある。」と告げただけであるとしても、被告高橋は、その前に自ら燃料を補給しており、右の言葉はそのまま乗って良いという趣旨であるから、同様である。

【被告高橋の主張】

燃料の搭載量の確認は機長の義務であるところ、被告高橋は、機長ではないから、燃料の搭載量を確認すべき注意義務はない。

2  被告佐藤の損害(争点5)

【被告佐藤の主張】

本件事故により、本件飛行機は大破し、被告佐藤は、重傷を負い、左足首の変形、右大腿部より下の麻痺、右目視野狭窄、味覚の感覚不足等の後遺障害があり、次のとおり合計七四二二万〇五一三円の損害を被った。

(一) 人的損害 五八六七万〇五一三円

(1)  治療費    一四四万四八五一円

(2)  入院雑費    一六万九〇〇〇円

(3)  通院費     一七万五三二〇円

(4)  付添交通費等 一一九万〇六三〇円

(5)  眼鏡代     一一万九〇〇〇円

(6)  休業損害   六八二万五〇〇〇円

(7)  逸失利益  三九〇八万六七一二円

(8)  傷害慰謝料      三五〇万円

(9)  後遺症慰謝料     六一六万円

(二) 物的損害 一五五五万円

(1)  飛行機本体     一〇〇〇万円

(2)  整備費用        三〇万円

(3)  発煙装置        七五万円

(4)  輸送費等        六五万円

(5)  仲介手数料       八〇万円

(6)  輸入通関諸費用     一五万円

(7)  輸入耐空検査費    二五〇万円

(8)  飛行規程費       三〇万円

(9)  テストパイロット費   一〇万円

【被告高橋の主張】

後遺障害は知らない。損害は争う。

第三当裁判所の判断

一  認定事実について

1  本件関係者

(一) 憲幸は、本件事故当時、株式会社オホーツク航空(以下「オホーツク航空」という。)の常務取締役であったが、「事業用操縦士技能証明(飛行機)・陸上単発・陸上多発、第一種航空身体検査証明」を有しており、総飛行時間は六八六二時間三〇分であり、右飛行時間のうち約三〇〇〇時間は飛行教官として初心者の訓練及び経験者の再訓練に当たったものであり、その訓練の中には不時着の方法も含まれていた。

憲幸は、本件事故以前に、本件飛行機だけでなく、同型式機にも搭乗したことがなかった。

(甲二、三の1、2、一〇、被告高橋)

(二) 被告佐藤は、本件事故当時、「自家用操縦士技能証明(飛行機)・陸上単発、第二種航空身体検査証明」を有しており、総飛行時間は約五五五時間であった。

被告佐藤は、本件事故以前の最近三〇日間に約一五時間、機長として本件飛行機を操縦したことがあったが、その他には、同型式機を操縦したことがなかった。

(甲二、乙一九の1、2)

(三) 被告高橋は、本件事故当時、約五〇年の飛行経験を有し、総飛行時間は二万時間を超えていた。

被告高橋は、耐空証明検査等のため、平成七年九月、五回(飛行時間は各約三〇分)にわたり、機長として本件飛行機を操縦したが、それ以前にも、機長として同型式機を操縦したことがあった。

(乙一九の1、2、被告高橋)

2  本件飛行機

(一) 本件飛行機は、別紙「ピッツ式Sー2B型 三面図」のとおり、二人乗り、複葉、単発、降着装置が尾輸式(機体の重心より前方に大きな主車輪を配置し、胴体尾部に小さな尾輪を配置したもの)の曲技飛行を行うことができる飛行機であり、平成元年一月に製造された後、アメリカ合衆国において使用されていたが、平成七年九月ころ被告佐藤が購入し、同月初めころ本邦に輸入された。

本件飛行機は、前席と後席があるタンデム配置と呼ばれる座席配置になっており、前席と後席の双方に連動した操縦桿が設置され、いずれの席からも操縦できるようになっていた。もっとも、前席に装備されている計器類は対気速度計、高度計、回転計、マニホールド・プレッシャー・ゲージのみであり、後席には、前席に装備されている計器類のほか、スターター(エンジン始動装置)、燃料油量計、燃料流量計、オイル・プレッシャー/テンプ・ゲージ、コンパス、Gメーターなど操縦者が必要とするすべての計器類が装備されていた。そのため、本件飛行機の飛行規程には、搭乗者限界の項に注記として「単独での飛行は、後席に限る。」と規定されていた。

本件飛行機には、前席の前に主燃料タンクが、上主翼に補助燃料タンクが装備されており、その容量はそれぞれ二四USG(一USGは三・七八五リットル)と五USGである。また、本件飛行機には、サイトゲージとフューエル・ディスプレイ・インディケータという二種類の燃料計が設置されていた。

なお、本件飛行機は、降着装置が尾輪式であるため、地上姿勢(地上三点姿勢)において、機首が上向きになる特徴がある。

(甲二、一六の1、2、乙二、四、七、丙二、被告佐藤、被告高橋)

(二) サイトゲージは、別紙「燃料系統概要図」のとおりの構造になっており、主燃料タンクに配管で直結された直読式の計器で、透明の管の中の燃料を直接に視認する方法で主燃料タンクの燃料残量を確認する装置であり、後席の計器板に装着されているが、前席には装着されていなかった。もっとも、このサイトゲージは、主燃料タンクの燃料残量が二分の一以上であることを指示する部分については、座席に座ったままの姿勢で確認することができるが、二分の一以下であることを指示する部分については、身を屈めないと確認することができなかった。

そして、このサイトゲージは、地上姿勢においては実際の燃料搭載量より搭載量を大きく指示する性質があった。すなわち、地上姿勢でのサイトゲージの指示値と実際の燃料搭載量の関係は、サイトゲージの指示値が四分の一では実際の燃料搭載量は〇・一リットルであり、二分の一では一リツトル、二分の一と四分の三の中間では三・八リットル、四分の三では七・三五リットルであった。したがって、本件飛行機の飛行規程には、「このサイトゲージは、レベル・フライト時の燃料の量を正しく指示するが、燃料が3/4以上入っている場合には正確に指示しない。しかし3/4以下では非常に正確に指示する。エンプテイー・ラインは、レベル・フライ卜時のタンクの使用不能燃料ラインを示す。全ての飛行を試みる前に搭載する燃料の量を認識することは非常に重要である。」と記載されており、また、計器板のサイトゲージ付近に、「地上姿勢では燃料計は正確に指示しない」との掲示板を取り付けるよう規定されており、実際にもその旨の掲示板が取り付けられていた。

他方、フューエル・ディスプレイ・インディケータは、燃料の消費量及び流量を液晶ディスプレイで表示する二次的な指示器であるが、リセットした後、次のリセットをするまでの燃料の消費量を記憶し表示する。

(甲二、一六の1、2、乙二、四、七、九の1、2、一〇、丙二、被告佐藤、被告高橋)

3  本件飛行に至る経緯等

(一) 被告佐藤は、平成七年一〇月八日に北海道広尾郡大樹町で開催される「スカイ・スポーツ・フェスティバルin TAIKI」及び同月一〇日に豊頃離着陸場で開催される「95・スカイレジャー・イン・とよころ」に参加して、曲技飛行の展示をするため、同月七日、本件飛行機の定置場であった仙台空港から、本件飛行機に乗って豊頃離着陸場まで飛行した。被告高橋も、被告佐藤の所有するもう一機の飛行機(パイパー機)を操縦して被告佐藤に同行した。

被告佐藤は、同月八日、本件飛行機で、「スカイ・スポーツ・フェスティバルin TAIKI」に参加して、曲技飛行の展示をした後、さらに豊頃離着陸揚において曲技飛行の練習をするなどした。

(乙二、丙一、被告佐藤、被告高橋)

(二) 被告佐藤は、翌九日、パイパー機を操縦して、同乗者二名とともに、知床半島方面へ観光飛行に出発し、その途中、給油のため北海道網走郡女満別町の女満別空港に着陸し、被告高橋から紹介された憲幸のいるオホーツク航空の事務所に立ち寄った。被告佐藤は、同事務所において、憲幸と話をした際、憲幸から本件飛行機の体験飛行をしたい旨要望され、これを承諾した。

被告高橋は、豊頃離着陸場にいたが、憲幸からその旨連絡を受けたので、本件飛行機を格納庫から駐機場へ出し、本件飛行機に燃料を約三・〇四USG(一一・五リットル)補給し(その結果、搭載燃料は約四・二USGとなった。)、ランナップをして飛行の準備をした。その時点で本件飛行機の主燃料タンクに搭載されていた燃料は、約四・一USG(約一五・五リットル)であったが、本件飛行機の燃料消費率は、通常の飛行では一時間当たり約一二USGであり、急上昇・急旋回を含む飛行では一時間当たり約二二USGである。なお、本件事故当日、補助燃料タンクに燃料は搭載されていなかった。

被告高橋が本件飛行機の燃料を補給した後、憲幸は、セスナ機で豊頃離着陸場に着いた。

(甲二、乙二、四、一二、丙一、被告佐藤、被告高橋)

(三) 被告佐藤が、右観光飛行を終えて、同日午後二時ころ、豊頃離着陸場に帰り着いたところ、駐機場に本件飛行機が置かれていて、憲幸がその前席に搭乗し、被告高橋が本件飛行機の傍らにいた。もっとも、被告佐藤は、帰途、憲幸と豊頃離着陸場との交信を傍受して、憲幸が豊頃離着陸場に来ていることを知っていた。

被告佐藤は、被告高橋から打診されて、本件飛行機を操縦することとし(その際、被告高橋から、燃料は入れてあり、ランナップもしてあると告げられた。)、本件飛行機の後席に搭乗しこれを操縦して、同日午後二時二八分ころ、豊頃離着陸場を離陸したが、離陸前に燃料の搭載量を確認しなかった。なお、被告佐藤は、本件飛行機のサイトゲージは燃料の量を地上姿勢では正しく指示しないが、水平飛行時には正しく指示することを知っていた。

被告佐藤は、その後、操縦を憲幸に交代したが、水平飛行になった時点でもサイトゲージで燃料の搭載量を確認しなかった。本件飛行機は、憲幸が操縦していたところ、エンジンが不調となったので、操縦が憲幸から被告佐藤に交代されたが、その後、燃料が切れてエンジンが停止し、被告佐藤において、不時着を試みたが、失速して、同日午後二時四二分二ろ、北海道中川郡豊頃町背負番地の十勝川右岸河川敷に墜落した(本件事故)。

(前記第二の二1の事実、甲二、乙二、四、一二、丙一、被告佐藤、被告高橋)

4  その他

(一) アメリカ合衆国の連邦航空規制(Federal Aviation Regulations 以下「FAR」という。)は、六一・五七(c)において、「何人も、自分以外の者を航空機に同乗させようとする場合は、以下の経験を有しなければ機長として行動してはならない。九〇暦日以内に、単独の操縦による同じ種類及び等級並びに型式限定のある機体については同じ型式による三回の離陸及び三回の着陸を行った経験。尾輪式の航空機においては、その着陸は完全停止を伴う着陸をその尾輪式の航空機によって行わなければならない。」と規定している。

(甲七)

(二) 本件事故について、運輸省に置かれている航空事故調査委員会による調査が行われたが、航空事故調査委員会は、平成九年三月二七日付け航空事故調査報告書において、被告佐藤が機長であると認定した。

(甲二)

(三) 本件事故について、被告佐藤は、本件飛行機に機長として搭乗して飛行するに当たり、その搭載燃料油量が航行に支障がないことを確認しないまま本件飛行機を離陸させて出発させ、離陸後本件飛行機を水平状態にしたときもその燃料油量計の表示を確認しなかった過失により、本件飛行機を墜落させたなどという、業務上過失致死(刑法二一一条前段)及び航空法違反(同法一五三条一号、七三条の二、同法施行規則一六四条の一四第一項五号)の公訴事実で、平成一一年一〇月二二日釧路簡易裁判所に起訴され、同日罰金四〇万円に処する旨の略式命令を受け、右命令は同年一一月六日確定した。

(甲一四の1、2、被告佐藤)

以上の事実が認められる。ところで、被告佐藤は、離陸前被告高橋から燃料は満タンに入れてある旨告げられたと主張し、乙第二号証、第一二、第一三号証及び被告佐藤本人の供述中には、右主張に符合する記載及び供述部分がある。しかし、右記載及び供述部分は、被告高橋による燃料の補給後も本件飛行機の搭載燃料は主燃料タンクの容量の約六分の一にすぎなかった(前記一2(一)、3(二)の事実)上、被告高橋は、地上姿勢では燃料計(サイトゲージ)は正確に指示しないことを知っていたこと(被告高橋。したがって、被告高橋が燃料は満タンに入れてある旨告げるとは考え難いこと。)と乙第四号証、丙第一号証及び被告高橋本人の供述とに照らすと、採用することができない。

二  被告佐藤の過失の有無(争点1)について

1  本件飛行における本件飛行機の機長は被告佐藤であったと認められる。その理由は次のとおりである。すなわち、

航空法七三条の二は、「機長は、運輸省令で定めるところにより、航空機が航行に支障がないことその他運航に必要な準備が整っていることを確認した後でなければ、航空機を出発させてはならない。」と規定し、同法施行規則一六四条の一四(本件事故時は一六四条の一六)は、右規定により機長が確認しなければならない事項として「燃料及び滑油の搭載量及びその品質(一項五号)」を挙げているが、同法には機長についての定義規定はなく、国際民間航空条約(甲八)にも機長についての定義規定はない。そうすると、本件飛行における本件飛行機の機長が被告佐藤と憲幸のいずれであったかは、本件飛行機の特性、被告佐藤と憲幸の操縦技能(技量、知識、経験等)の差等諸般の事情の下において、航空法が定める機長の職責をいずれがよく果たしうるかという観点から決するのが相当である。ところで、本件飛行機にあっては、操縦者が必要とするスターターや燃料計を含むすべての計器類が後席に装備されており、そのため、本件飛行機の飛行規程には、一人で飛行する場合は後席に搭乗しなければならないと規定されている(前記一2(一)の事実)ところ、後席に搭乗したのは被告佐藤であって憲幸ではないこと、本件飛行機は降着装置が尾輪式の曲技機であって、一般の飛行機と異なるから、本件飛行機を操縦するには、本件飛行機、少なくとも同型式機についての操縦技能を有することが必要であり(前記一2(一)の事実、甲一三の2)、FARの規定においても、尾輪式の航空機にあっては、完全停止を伴う着陸を行った経験がなければ、機長として行動してはならない旨規定されている(前記一4(一)の事実)ところ、被告佐藤は、本件飛行機の所有者である上、本件飛行機により機長として約一五時間の飛行経験があったのに対し、憲幸は、本件事故以前には、本件飛行機だけでなく同型式機にも搭乗したことがなかったことなどの事情の下においては、憲幸ではなく被告佐藤が機長としての職責をよく果たすことができたのであるから、被告佐藤が機長であったと認めるのが相当である。この認定は、前記一4(二)の航空事故調査委員会や同(三)の略式命令における認定とも合致するものである。なお、乙第一号証(明解 航空法解説)には、「当該運航に有効な操縦技能証明を有する者で、上級の技能証明保持者が機長となるべきである。」との記載があり、被告佐藤は、これを一つの根拠として憲幸が機長である旨主張するが、甲第一三号証の二によれば、乙第一号証の右記載は、「当該運航に有効な操縦技能証明を有する者の中で、当該航空機の操縦技能(技量、知識、経験等)が同等の操縦士であれば、上級の資格者が機長となるべきである。」という趣旨であることが認められるから、乙第一号証の右記載は右認定を左右しない。

したがって、被告佐藤は、離陸前に本件飛行機の燃料の搭載量を確認するとともに、離陸直後本件飛行機を水平飛行状態にして右搭載量を確認すべき注意義務があるのに、前記一3(三)のとおり、これらを怠った過失があるから、本件事故により憲幸に生じた後記損害を賠償する義務がある。

2  被告佐藤は、離陸前に本件飛行機の燃料の搭載量を確認することはできなかった旨主張し、被告佐藤本人の供述中には右主張に符合する部分がある。しかし、被告高橋本人の供述によれば、本件飛行機の燃料タンク内に物を差し入れるなどの方法により同タンク内の燃料油量を確認することができることが認められるから、右主張は理由がない。また、被告佐藤は、離陸早々墜落し水平飛行の時間がほとんどなかったから、離陸後に燃料の搭載量を確認をすることはできなかった旨主張するが、前記一3(三)において認定した離陸後墜落までの時間からすれば、水平飛行状態にして確認することはできたというべきであるから、右主張も理由がない。

次に、被告佐藤は、本件飛行に至る経緯からして過失がない旨主張するが、被告佐藤が離陸前被告高橋から燃料は入れてある旨告げられたことは前記一3(三)のとおりであり、被告高橋の経歴、操縦技能が前記一1(三)のとおりであるとしても、機長の権限・職責に照らすと、被告佐藤の燃料搭載量の確認義務はなくならないというべきであるから、右主張は理由がない。

さらに、被告佐藤は、憲幸の操縦ミスが墜落の直接の原因である旨主張し、乙第二号証及び被告佐藤本人の供述中には右主張に符合する部分がある。しかし、これは、航空事故調査委員会の調査において、被告佐藤は、憲幸が操縦桿を引いて機首上げを行い失速させたとは述べていないこと(甲二、乙三ないし七、被告佐藤)、前記一1(一)に認定した憲幸の経歴・経験によれば、憲幸が不適切な操作をしたとは考え難いことに照らすと、採用することができない。

三  憲幸の損害(争点2)について

憲幸は、死亡当時、年齢が四三歳でオホーツク航空の常務取締役として年収六二〇万円を得ており、原告道子と原告春橘を扶養していた(前記一1(一)の事実、甲一、五、原告道子)から、六七歳まで二四年間稼働可能であり、生活費控除率は三割とするのが相当である。そこで、中間利息を控除(二四年間に対応するライプニッツ計数は一三・七九八六である。)して憲幸の死亡による逸失利益を算出すると、五九八八万五九二四円(6,200,000×(1-0.3)×13.7986=59,885,924)となる。

また、憲幸の死亡による慰謝料は二六〇〇万円が、葬儀費用は一二〇万円がそれぞれ相当である。

よって、本件事故による憲幸の損害は、弁護士費用を除いて、合計八七〇八万五九二四円となる。

四  減額事由の有無(争点3)について

1  被告佐藤は、憲幸がエンジン停止後操縦桿を引く操縦ミスをした旨主張するが、右主張事実が認められないことは前記二2のとおりである。

2  被告佐藤は、憲幸にも燃料の搭載量の確認義務の懈怠がある旨主張するが、飛行機についての最終的な権限・責任は機長にあるところ、前記二1のとおり、本件飛行における本件飛行機の機長は被告佐藤であるから、燃料の搭載量を確認すべき義務は被告佐藤のみにあるというべきである。したがって、右主張は理由がない。

3  被告佐藤は、憲幸を好意で本件飛行機に搭乗させたのであるから、憲幸の損害賠償額は減額されるべきであると主張する。

しかし、被告佐藤は、他の飛行機による飛行を終えて帰ってきたところ、被告高橋から、燃料は入れてあるし、ランナップも済ませてあると告げられた上、搭乗を希望していた憲幸から依頼されて憲幸を本件飛行機に搭乗させたことは前記一3(二)、(三)のとおりであるが、本件事故は被告佐藤が機長としてなすべき燃料の搭載量の確認という基本的な注意義務を怠ったことによって発生したものであって、憲幸は、燃料の搭載量を確認する義務がないし確認方法も知らなかった上、本件事故に繋がるような行為をしたり本件事故発生の危険が増大するような状況を現出させておらず、したがって、本件事故の発生について非難すべき事情ないし帰責事由があるとはいえないから、被告佐藤が憲幸から依頼されて好意で本件飛行機に搭乗させたことをもって、損害賠償額の減額事由とするのは相当ではない。

五  弁護士費用について(甲事件)

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は三〇〇万円と認めるのが相当である。

そうすると、前記第二の二3の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告道子と原告春橘が、相続により、憲幸の権利を二分の一ずつ承継したことが認められるから、被告佐藤は、原告道子及び原告春橘に対し、各四五〇四万二九六二円及び内四三五四万二九六二円(弁護士費用を除いた金員)に対する不法行為の日の翌日である平成七年一〇月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

六  被告高橋の過失の有無(争点4)について

1  被告佐藤は、被告高橋には離陸準備をするに当たり燃料の搭載量を確認すべき注意義務があるところ、これを怠った過失があると主張する。

しかし、本件飛行における本件飛行機の機長は被告佐藤であって、燃料の搭載量を確認すべき注意義務は偏に被告佐藤にあったから、右主張は理由がない。

また、前記一3(二)、(三)のとおり、被告高橋が、離陸前に、燃料を補給した上、被告佐藤に燃料は入れてあると告げた事実があるとしても、機長ではない被告高橋が燃料の搭載量が十分かどうかを確認判断すべき注意義務を負う理由はないというべきである。

2  そうすると、その余の主張について判断するまでもなく、被告高橋について不法行為は成立しない。

七  結論

以上によれば、原告道子及び原告春橘の甲事件請求は理由があるから認容し、被告佐藤の乙事件請求は理由がないから棄却して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口博 裁判官 村岡寛 裁判官 小田真治)

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